平昌冬季五輪紀行 2018・2/8~12

北南が共に創った未来
PYEONG CHANG Olympic Winter Games “We are one”


統一旋風を巻き起こす

2月25日に閉幕した平昌冬季オリンピックは五輪史上最大の北南統一の熱気と歓喜に包まれた平和の祭典となった。
日本から平昌に駆けつけた105人の大応援団の一人として兵庫から参加した県商工会の金功洙室長(37)に話を聞きました。
「現地で実際に肌で感じた雰囲気は日本の報道と異なるどころか、想像を超えるほど平和的で友好的だった。歴史的な場に居合わせることができて本当に感動でした」と振り返える金さんに5日間の出来事を記してもらった。

2月8日(木)

関空より空路で金浦空港へ。午後2時頃に到着した。
バスで束草市内のホテルに向かう。
束草市は江原道の北東海沿いにある人口8万人ほどの小さな都市だが、有数の観光地となっているそうだ。
サービスエリアで休憩を入れつつホテルに午後6時頃に到着した。
ハンファリゾート雪岳別館は青年の家のような雰囲気。
荷物を置いて豚カルビが有名という「ミシリョン本家」へ。
105人の応援団が初めて一堂に会した。夜10時頃ホテルへ。

2月9日(金)

10時にホテルを出発し、烏竹軒へ。
五万ウォン札の肖像に描かれている申師任堂の生家がある、江陵地域の代表的な遺跡地だ。
ガイドの説明を受けながら見学した後、スンドゥブ店で昼食。そしてバスで平昌に向かう。
駐車場でシャトルバスに乗り換え、午後3時半頃に到着。
会場に近づくにつれて人通りが増え、雪の彫刻やモニュメントが見えてくる。
統一旗を振る人々が道路沿いにずらりと並び、歩道の奥には統一を願う横断幕が続いていた。
江陵オリンピックパークへ向かう道中は音楽に合わせて踊る人たちも。お祭りムードを感じる。

一方で、太極旗と米国旗を掲げる人達も見かけたが、20、30人程度で比にならない感じだった。
それらを横目に「高麗建国1100年記念南北共同平昌特別展」の会場へ。
開城にある王宮遺跡と満月台の発掘調査を、南北の考古学者らが共同で行った業績を紹介する特別展だ。
会場自体は高等学校のグラウンドに簡易な建物を設置して作られていた。
式典では南側の考古学者らの代表挨拶があり、わが応援団団長の挨拶後に3Dプリンタやホログラムなど様々な方法で実際に発掘された物を仮想で触れたり体感することができた。

午後5時半頃に開会式が行われるスタジアムに徒歩で向かう。
チケットはA席。手荷物検査を終え、ゲートへ。
スタジアム周辺にはレストランやグッズショップが立ち並んでいたがそのまま直行。
座席番号を知らされていなかったため、少し迷いながら約20人が一緒に前から11列目くらいの席に座ることができた。
2階席には共和国の応援団が見えた。
午後7時から開会前イベントが行われ、北南のテコンドー選手らが演武を披露。
最後に代表らが握手を交わすシーンがモニターに映し出された。

午後8時、いよいよ開会式が始まる。
民族の伝統文化を表現した見ごたえのあるパフォーマンスが披露された。
そして選手入場。国や地域の期待を背負った代表たちが次々と行進する。
最後91番目が開催国、コリアだ。

行進前の待機場所に統一選手団が現れただけで、会場が歓声に包まれた。
白と水色の統一旗が目に映ると、自然に涙が出てくる。

コリア!のアナウンスがあり選手らが行進を始めると、皆立ち上がってその日一番の歓声があがった。
私の興奮も絶頂に達し、立ち上がって「コリア!」叫んでいた。
頭の中は真っ白で、目の前が何度もぼやけて何度も涙を拭った。

聖火台への点火式では、安ジョンファン元サッカー選手の後に、なんとアイスホッケー単一チームの北南2人の選手が登場。
驚いた。また歓声があがる。
両選手が長くて急な階段を懸命に昇っていく姿は、南北が協力し合い、困難に立ち向かっていくようでとても感動的だった。
開会式は午後10時過ぎに終わり、会場を後にした。
シャトルバスに乗り、駐車場から元のツアーバスへ。
駐車場を出たのが午前0時過ぎ。その後夕食をとり、ホテルへ到着したのが3時前だったと思う。

2月10日(土)

11時にホテルを出発し、雪岳山国立公園へ。
新興寺なども見て回り、午後1時半頃に昼食のため襄陽へ。
松茸ごはんを楽しんだ後、6・15共同宣言実践南側委員会本部が開催する「南北海外応援団共同集会」に参加するため江陵ファンヨンジョ体育館へ。
午後3時40分頃到着すると多くの人と統一旗が見えた。
6・15共同宣言実践南側委員会、青年団体、一般市民などなんと2000人以上。
各団体の挨拶や公演があり、これまでの統一運動の様子がスクリーンに映し出された。
応援団発足宣言文が読まれ、スローガンが何度も叫ばれた。
皆で肩を組んで統一の歌を歌い、素晴らしい雰囲気のなか午後6時過ぎまで集会は続いた。
カムジャタンを食べて体力をつけ、また体育館に戻ってパブリックビューイングでアイスホッケーの応援をした。
会場が一体となり「コリア」「コリア」を連呼する。
競技は残念な結果に終わったが、南の同胞らと一緒になっての応援そのものが心地よく、私も精一杯声を張り上げた。
その後数日間は声を枯らした程に…。夜11時過ぎに観戦を終え、ホテルへ。

2月11日(日)

午前11時にホテルを出発し、午後2時前にソウル到着。
免税店で買い物をしてホテルへ。
休憩を挟んで南大門市場を散策後、夕食会場の「金剛山」へ。
カルビを食べてホテルに戻り、最後の夜を全国から集まった同胞の方々と遅くまで楽しみ、惜しんだ。

2月12日(月)

景福宮と仁寺洞を観光。
昼食に石焼ピビンバを食べ、金浦空港へ。午後4時55分の飛行機で関空へ。
人生で決して忘れることのない5日間の旅から戻った。

日程を終えてみて、南では人々も報道もすべてが統一ムード一色で、大きな可能性を期待させるに十分な雰囲気だった。
統一のために運動する人々の多さにも驚き、信じられないくらい一瞬で心が通じあう強い連帯感を感じた。
ひとつの民族とはこういうことなのか。
若い人たちも多く、統一に強い希望と望みを抱いていることを色んな場面や話を通じて感じた。

雰囲気に流されるのはあまり好きではない私だが、祖国統一の実現(低い段階からの連邦制、連合制の実現)はそれ程遠くないかもしれない。
そう改めて思った。